ああもう、本当にどうしてこうも虚勢を張り続ける事も出来ないのだろう。
自室で、綾乃はクッションを抱えて自分に嫌気が差していた。
当の抱えたクッションは涙に濡れてしまって、これ以上の水分を吸い取ってはくれそうにない。
卒業式の式典で泣くような失態はしなかったが、早々に帰って来てこの始末。
泣き顔を誰にも見られなかったのはよかったのだが、折角の卒業式に早々の退散はいただけない。
もう自己嫌悪しか感じることは出来なかった。
そんな色んな人と別れる悲しさと、自分への腹立たしさとに涙していた綾乃の耳に、ふと優しく部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
「綾乃」
ドア越しに聞こえたのは、大好きな人の声。
その声に慌てて涙を掌で拭い、赤くなってしまった目はどうにもならないのでどうしようと内心慌てつつも、相手を待たせてはいけないと思ってドア越しに返事を返す。
「どうしたの? 伊知 ―」
とりあえず篭っていても怪しまれるとドアを開けようとしたのだが、そのドアを押そうとする力が、やんわりと向こう側からかかる力に制される。
「無理をして開けなくてもいい。君が出て来るまで待っている」
自分が慌てているのなんて、最初からお見通しだったらしい。
責めるでもない、優しい声に その言葉に また涙が零れた。
「……伊知郎、ちょっとドアに背中向けてて」
「分かった」
ゆっくりとドアを開ければ、本当に正直に彼は背を向けて立っている。
それが嬉しくて、悲しくて、愛しくて仕方なくって、綾乃はそのままその背中に抱きついた。
「またカッコいい事言うんだから…タラシって言われても知らないわよ」
優しい言葉が嬉しいけど、なんだか泣いている自分の弱さがばれてしまっているのが悔しくて、わざと意地悪な事を言ってみせる。
でも、その自分の言葉にも彼はクスクスと笑いを返すのみ。
「君限定だから、問題ないだろう?」
きっと苦笑しているのだろう。
けれど自分の手に、そっと暖かい温もりが重ねられる。この暖かさや、感覚には覚えがある。
伊知郎の手の暖かさだ。
その暖かさに、ジワリとまた目に涙が浮かぶ。
でも、それもつかの間、直ぐに伊知郎の振り返りそうな気配に綾乃は涙を引っ込めた。
「~~後ろ見ないー」
ペシペシと弱々しく背中を叩いて後ろを振り返らないようにする。
まだ泣き腫らして可愛くない顔なんて、見せたくないから。
自分にとって痛くは叩いていないので、自分よりも幾分も鍛えている伊知郎はちっとも痛くないらしい。
軽く苦笑したのが、彼の背中越しに伝わった。
「やはり泣いていたのだな」
やっぱりばれてた。
それが恥ずかしくて、折角我慢してたのに、彼の言葉でまた涙が滲んできて悔しくて、ぎゅーっと伊知郎の背中から抱きついて、手に込める力を強くする。
「人を泣き虫みたいに言わないのーっ」
「君が泣き虫な事くらい、前から知っていたよ」
くっくと笑っているのが、背中から伝わる。
ああもう、なんでこの人は臆面もなく私の弱さを口にしてしまうのだろう。
折角我慢してたのに…この人の前で我慢してたのが馬鹿らしくなってしまうじゃないの。
お蔭で背中に抱きついたままボロボロと涙を零す。
「伊知郎の意地悪………… ありがとう」
傍に居てくれて、何も聞かないでくれて。
そこは心の中で告げた筈なのに、ふと伊知郎が私の手を解いて、体をこちらに向けて優しく抱きしめ返してくれた。
「どういたしまして。 だが、これから泣く時は俺の所に来てくれると、意地悪も言わなくて済むと思うが?」
「服を涙と鼻水でガピガピにしていいなら、そうする」
言ってて自分で笑ってしまったけど、その言葉に伊知郎も喉を鳴らして笑い始めながら「ああ、洗濯は君がしてくれるなら、喜んで」なんて言うから、ついつい噴出してしまった。
…悔しいから、とりあえず目蓋の腫れがましになるまで、胸は借りておくことにしました。
何も言わずに綾乃を励ましてくれたイッチーと功刀への礼に。
でも、儂(嘉凪)への言葉なしってどう言う事よ。PR