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コロン、とベッドの上で寝返りをうつ。
読んでいた雑誌は飽きてしまったのだが、生憎部屋には自分以外の者は居ない。小一時間ほど前まで一緒に居てくれた人は、重傷が治るや否や、部屋を出て行ってしまった。
きっと今頃は道場で、いつも通り久臣と組手でもしているのだろう。
「……悔しいのは分かるけど……ねぇ?」
クッションを抱えて拗ねて口を尖らせる。
今回は珍しく、二人して戦争で初期の段階で重傷を負ってしまった。
だからきっとあの生真面目な彼の事だ。口惜しさを感じているに違いない。
悔しいのは分かる。分かるが……さっきまで彼が居た場所に手を当てるが、既に温もりは消えている。
怪我をした時くらい、ゆっくりしてくれてもいいのに。そう思ってしまう。
ぼんやりと寝転がったままの綾乃の耳に、自室のドアが開けられる音と共に、部屋に入って来る本当にかすかな足音が鼓膜を振るわせる。
それと同時に聞こえてきたのは、綾乃が待ちわびていた人の声だった。
「まだ寝ていたのか?」
「もう組手終ったの?」
問いに問いで返すのは失礼かとも思ったのだが、時間はまだ9時。いつもの嘉凪の家で過ごす休日ならば、伊知郎は久臣と組手をしている時間だ。だと言うのに、伊知郎は汗を流すために風呂まで入ってきた濡れた髪のままの様子だったのだ。綾乃が不思議に思うのも仕方はない。
そんな綾乃の問いに伊知郎は咎めるではない苦笑を返す。
「病み上がりが無理をするなと窘められてしまった。 たまには綾乃とゆっくりしてこい、ともな」
困ったように苦笑しながら伊知郎がベットの脇、小一時間ほど前まで自分が居た綾乃の直ぐ隣に腰掛ける。
すると風呂で一風呂浴びてきたらしく石鹸のいい匂いがして、綾乃はモソモソとベットの上を移動すると伊知郎の背中に抱きついた。肺に石鹸と、自分の愛しい人の匂いが広がって安心できる……が、伊知郎に抱き返される前に、スッと離れて彼の肩に掛かっているタオルを取って頭の上に乗せる。
「病み上がりが髪濡らしたままじゃダメでしょ?」
「こら、綾乃!自分で出来る」
顔までタオルをかけ、グシャグシャと髪を掻き乱す。伊知郎も声を上げるが、その声色に怒った様子はない。それは単に、クシャクシャとタオルで髪を拭く綾乃が楽しそうにクスクスと笑い声を漏らしているからだろう。
終いには諦めたのか、伊知郎は抵抗もせず綾乃の腰を抱き寄せると彼女に髪を拭かれたままになる。
大人しくなった彼を見下ろしていた綾乃はふと柔らかく微笑むと、伊知郎の顔を隠していたタオルをそっと手で触り、タオルのどの位置に彼の顔のパーツがあるかを探る。そして彼の唇の場所にそっと唇を重ねた。
けれど直ぐに唇を離すが、それと同時に伊知郎が自分の頭に掛かっていたタオルを外し、再び綾乃の唇に己のものを重ねる。
しばらくお互い言葉を発さずにいたのだが、ふと唇を離した綾乃が伊知郎の首に抱きつく。
「剣に嫉妬するなんてどうかしてるよね」
突然な綾乃の言葉に伊知郎がぷっと噴き出し、直ぐに喉を鳴らして笑い出す。そんな婚約者の反応に、綾乃は罰が悪そうに彼の首に抱きついたままだったのだが、ふと伊知郎が彼女の耳元で囁いた。
「やっと分かってくれたか。俺が君の男友達に嫉妬する時も同じ気持ちだ」
その言葉に、今度は綾乃がクスクスと笑い出した。
伊知郎の吐息が首元に掛かるのがくすぐったいのもあるのだが、それ以上に彼の言葉が嬉しくて楽しかったから。
彼の首から手を離し、綾乃はその鋼の様な綺麗な瞳を見つめて悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、伊知郎の剣はきっと女性ね。ラインがとっても綺麗な、赤く情熱的な伊知郎を夢中にする女性(ひと)」
自身の目を見つめてくる、伊知郎にとってはどの宝石よりも美しい赤銅の双眸に彼も柔らかく微笑み、その宝石を隠す目蓋に優しくキスを贈った。
「それは君の事ではないか?」
「それなら剣に私の名前をつけてくれる?」
その言葉に、今度こそ伊知郎は心底楽しそうに破顔し、喉を鳴らして笑い始めた。
「降参だ。今日はゆっくりと君と共に居る事にする」
くっくと楽しそうに笑う伊知郎の顔を見て、綾乃も楽しそうに微笑むが、それも直ぐに彼と共に楽しそうに笑い声を上げて笑い出す。
まるで戦争で張り詰めていた空気が、解けるかの様に。
あまーい…つもり。
綾乃とイッチーは二人ならこれくらい全然できる人たちです。
やだなぁ、隠れバカップルめ。(笑)
珍しく二人して重傷してたんで、二人とも若干気分が晴れてないだろう
そう思ってこんな感じに。
特にイッチーはまさかの1T目落ちだったので、
彼にいい思いさせたろって意図でこんな糖度になりました。以上
あー、あと。わざと色々書いてないトコ多いです。
行間読んで、好きに想像してやってください。(ニマニマ)