土曜日とは言え、嘉凪家の朝は早い。
いつも通りの朝で、いつも通りに食卓には綾乃が用意した朝食が並んでいた。
が
味噌汁に口をつけた久臣の箸が止まる。
「臣、どうしたの?」
不思議そうな姉の顔を見返し、「なんでもない」と言葉を返して再び箸を進め出した。
祖父の茂久も久臣の言いたい事は察しているのだろう。
もしかしたら他の家族も気が着いているのかもしれないが、誰もその事について言及しようと言う様子はなかった。
それは些細な事。
毎日毎日同じ味のはずなのに、今日だけは微かにお味噌汁の味が違ったのだ。
本当にそれだけの些細なもの。
きっと塩を入れすぎたのかもしれない。味噌の分量を間違ったのかもしれない。
たまにうっかりをやらかす姉だから、それは仕方のない事であって、気にかけるほどではないかもしれない。
だが
綾乃が料理の味を変えてしまうのは、彼女が何か気分的にあった事を指し示しているのを、彼女の家族は知っていた。
そして、久臣はその理由にも思い当たっていた。
(……まったく、今生の別れって訳でもないのにな)
先日、綾乃に別れがあった。
久臣も知っている人物の使役が、他の人に渡ったのだ。
使役と離れるのはその人達の事情なので、綾乃も久臣も口出しするつもりはない。
するつもりはないが、綾乃は特にその子を気に入っていた様なので、さすがに少しばかり寂しい気持ちになってしまっているらしい。
けれど、原因はそれだけではないのに久臣は気がついていた。
(……何を隠してるんだよ。らしくない……)
微かに薄い味噌汁に口をつけながら、久臣は心の中で溜息を吐いた。
姉は何かをまだ隠している。
それは、弟の久臣にも、祖父の茂久にも、可愛がっている義妹の柚姫にも、親友のマーガレットにも、
そして彼女の最愛の人の伊知郎にも
きっと彼女はその事を誰にも言っていないようだ。
だから、モーラットの別れに輪をかけて味噌汁の味に違いが出るくらいには気落ちしてしまっているらしい。
まったく、基本的に器用で何でもこなしてしまう人なのに、こう言う所は不器用だ。
いや、器用に隠そうとするからこそ、皆がこう言う所から彼女の感情の波を読み取ってしまえると言えるだろう。
綾乃自身が口にしないのであれば、それは誰が言えと迫ったところで口にしない。
一つ久臣は溜息をついた。
その様子に綾乃は相変らず目敏く反応する。
「臣、どうしたの?」
「……伊知にい、今日、来るって?」
「? 来れないとは聞いてないけど…鍛錬なら、相手しようか?」
不思議そうに首を傾げる綾乃。
どうやら彼女自身は料理に出た自分の感情に気がついていないようだ。
自覚がない程であれば、自分の出番ではない。それは、彼女が最も信頼している人物の役目だから。
「いや、鍛錬は別の人に頼む。 実感無いみたいだから言うけど、綾ねえは伊知にいとイチャついておけよ」
「はぁ!? ちょっと、臣!?」
「ごちそう様。 俺、ちょっと出掛けてくる。夜には帰るから」
素早くそう言って、出かける用意をする為に居間を後にする。
その後ろに「イチャつくって!?」と、相変らず人前で恋人同士らしい事をしたがらない綾乃の悲鳴が聞こえた気がするが、完全に無視させてもらった。
携帯を取り出し、手短にメールを打つ。
宛先は 自分が尊敬し、姉を託した人物。
本文は手短に『綾ねえが元気ないんで、存分に甘やかせてやってくれ』の用件のみ。
まあ、これで例の人なら昼前には顔を出して、本文に書いたとおりにしてくれるだろう。
相変らず姉には甘い自分に多少辟易するが、この役目も近々全て義理の兄になるであろう人が全て引き受けてくれるのだろうと思えば安いものだ。
メールが送信されたのを確認し、久臣派携帯を仕舞うと、自室の鞄を手にしてそのまま家を出て行った。
夜に家に帰ってきた頃には、いつもと同じ味の食事にありつける事を願いながら。
そんな訳でとあるお嬢さんの使役とお別れしたので、
綾乃もさすがにちょっと落ち込んだらしい。
でも、それも相手が決めた事だし、
自分が引き取れないのも分かっているので、
表面は普通を装っていますが、日曜には治ってます。
なので掲示板や結社では普通に接してやってください。
一応、功刀に連絡して裏は合わせてもらってますので。
と、もう一個。
某人とのお約束で、綾乃は久臣にすら言ってない事が一つあります。
イッチーにもメグさんにも凌んにも、本当に誰にも言ってませんし、
同背後の久臣も彩華も知りません。知らない設定にしてます。
なので、然るべき時が来るまで、綾乃は約束を守ります。
某お方はご安心くださいませ。
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