何があったわけでもない。
嫌なことがあったわけでもない。
楽しいことは多いし、忙しいがそれなりに充実した日々を過ごしている自信もある。
けれど今、綾乃は一人伊知郎の家のベットの上で、ぼんやりと横になっていた。
当の家主はここに自分を送ってくれた後、嘉凪の家に戻ってしまった。
と言うのも、そもそも綾乃が「一人になりたいのかも」とポロリと零した言葉を、彼は二つ返事で受け入れてくれたのだ。
嘉凪の家は住んでいる人数も多いし、訪れる者もそれなりに多い。
そんな中、家事に追われ、学業もこなし、結社の団長もしている綾乃を気遣ってくれたのだろう、伊知郎が自分の家を提供してくれたのだ。
ただし、条件も勿論設けられた。
1.一人になる時間を決める。つまり、数時間したら伊知郎は家に戻ってくると言う事。
2.携帯の電源は切らない。 常に連絡は取れる状態にしておく。
以上の簡単な条件を綾乃と約束し、伊知郎は何も聞かずに部屋を後にした。
だから今、この部屋には綾乃一人。
部屋の物は好きに使っていいと言ってくれているので、遠慮なくお風呂を借りて、綺麗にした体でベットに横たわっていた。
心配せずとも、最近頻繁に通っているこの部屋には綾乃の私物もあり、着替えも置いてあるからだ。
先日、とある場所に持って行ったアロマディフューザーから誘眠作用のある柔らかな匂いがする。
だが、一向に睡魔は襲ってこない。
眠たくないはずではない。何をした訳でも、何かを口にした訳でもないのに眠れないのだ。
「雨、降るのかな」
ポツリと呟いた言葉。 自分がこうして眠れなくなる時は、大抵雨が降る。
現に、少し窓を開ければ、鼻に微かな雨の臭いがした。
雨が降る。
気圧が不安定になり、雨の臭いがして ― 大好きだった、あの人達の事を思い出す。
目を瞑れば、夢ではなく、あの人達との優しくも楽しく、そして穏やかな日々が思い出される。
それを思い出すから、自然と涙が零れた。
目蓋の裏に思い描いたのは、三人の 過去になってしまった人。
そして思い出すのは ―
決して戻ることの出来ない 息をするのも苦しくなるほどに、悲しくも優しい日々の記憶だけ
その記憶を途切れさせてしまう事が、忘れようとしているみたいで苦しくなる
綾乃は唇を噛み締めて俯くと、自分の心の中で静かに記憶を元の場所に収める
まるで 記憶を忘れないように大切に仕舞いなおすように
IBGM「大事なものは目蓋の裏」
ぶっちゃけると、綾乃のオリジナルになった人物の役割は「見送り、残される者」です。
『必ず、常に大切な人を見送る役割を担い、自身は望まずとも最期まで残される』運命
を担っています。
別れ方は様々で、主なものは死別。
こっちの綾乃は両親と、綾乃に今の彼女の在り方を教えてくれた大切な人を喪ってますが、
オリジナルの方は家族全員(両親、弟、祖父母)、そして養父、最悪恋人も亡くしてます。
や、別に彼女がどうこうしたって訳でも、誰にどうこうされた訳でもなくて、
全員が全員、偶然なる事故死や自然死だったりします。
ある意味打倒で、そして何事にも耐え難いほどに理不尽なのに自然な終わりです。
綾乃の不眠は上記の大切な人との別れの反動になります。
三人目については、後日イッチーお借りして、久臣との対談で暴く予定っす。
IBGMは、その三人目とのって感じですねー。
なんでこのタイミングでこの話かっつーと、三人目の話が予想外に長くなったので、
その前話にってのと、単にIIBGMを久々に聞いたからってだけですわ。
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