廊下に出て、月を見上げて…長い溜息を吐いた。
綾ちゃんと鋼誠を見て、羨ましいと思った。
家族から、いや、一族から祝福される関係。
それを私は、どうやっても手に入れられないから。
伊知郎との婚約は後悔してない。
爺ちゃんも、臣も、彩華も喜んでくれた。
でも、そうじゃない人もいる。
嘉凪の家に来訪者の血を入れる事に反対している人、
次期当主から退いた私が伊知郎と言う強力なパートナーを手に入れて力をつける事を恐れる人、
そして何よりも
伊知郎を、来訪者自身をよく思ってない人が 一族にはまだいる。
その人達からの言葉が怖いわけじゃない。…まあ、たまにグッサリきたり、イラっとは来るけど。
私が怖いのは、彼らの矛先が伊知郎自身に行くこと。
そして私と彼の事を祝ってくれる人達に批判が行くこと。
特に正月や盆は格好の的だ。しかも今回は伊知郎を一族へ紹介しなければならない。
従兄弟や、神社の近辺に住む古くからの知人はまだいい。彼らは、比較的私と同じ考え方をしてくれる者ばかりだから。
だが、怖いのは 一族本家の三氏族の老人達、
つまり直系の次に権力を持つ、嘉凪の家の権力者達だ。
先に挙げた言葉の暴力を奮ってくるのは主に彼らだった。たまには違う人もいるのだが。
さすがに相手も歳を食っているだけはある。どんな言葉が傷を抉り、的確に心を傷つけるのか分かっているのだ。所謂、力の歴戦者が能力者であるならば、彼らは知の歴戦者と言った所か。
「……腹立ってきた」
落ち込んでいたのだが、考えていたら腹が立ってきた。
彼らが言ってる事は最もだ。彼らの思考で言えばの話だが。だから話は甘んじて受けようと思っている。だが、自分に言われるのはいいが、的を間違ってもらっては困る。
と言うか、腹が立つ。
あまりに腹が立ってきたので、一旦この事は廊下の冷たい風にぜーんぶ流してしまう事にした。とりあえず、元旦からご老人達と一戦交える為に英気を養わなければならない事もハッキリした。
今の精神状況じゃ、まず負ける。
なので、とりあえず預かった資料を彩華に添付してメールする。
すると気持ちは自然と落ち着いた。やる事がハッキリすると、比較的落ち着くらしい。
「爺さん達に負けてられるもんですか」
キッと負けん気の視線を携帯に向け、番号を選んで発信ボタンを押す。
数回のコール音の後に、きっともう眠っていたのだろう人物の声が聞こえてきた。
「ああ、臣?ごめん、こんな夜中に。 ― うん、今度の元旦なんだけど …―」
一度軽く深呼吸して、天を仰ぐ。幸いにも、まだ月光は自分を照らしてくれた。
…それで腹が括る。
短く息を吐いて、そしてもう纏う事はないと思っていた気を自分の中に練り上げる。
「奉納舞、私がやるわ」
短い宣告。
その声には、嘗て次期当主と言われた者の気が込められていた。
嘉凪自体は来訪者大好きでっせ?
ただ、古い旧家ではそうじゃない人もいるって事です。
来訪者は来訪者、外から来た人ですからね。
古い人とかは意外とそういうの嫌いますし。
と言う訳で、円満そうに見えた綾乃とイッチー夫婦。
実は最大の敵は綾乃のお家です。
これは功刀とも十分打ち合わせ済みですし、あっちにも了承もろとります。
かと言って綾乃は家を出るわけにもいかんのですよね…
久臣一人に家を任せられないから。
さあて、どう決着つけるかな。(え