「綾ねえ、このケーキ貰ってもいいか?」
久臣の指差した場所には、1ピース分欠けた桜の匂いがほんのり香るピンク色のシフォンケーキ。
「ん?いいけど…臣がケーキ食べるって珍しくない?」
「そうですね。…お疲れですか?」
ちょうどその欠けた1ピースをたまたま来ていた
甘味大好きの彩華に試食してもらう為に皿に盛り付けていた綾乃が、首を捻る。
そして目の前のケーキを見て、微かに表情が柔らかい彩華も、
久臣の言葉に少しだけ心配そうに眉を下げてしまった。
その二人の反応に、確かに甘い物は苦手なので、自らは摂取しない自分が
急にそんな事を言ったら訝しがられるのは分かってるけどさ…と久臣は苦笑してみせた。
「違うよ。 俺じゃなくって、えるとにやろうと思って」
「あら。 じゃあ、そっちは持って行くから、こっちあげて?」
そう言って綾乃が取り出したのは、シフォンケーキよりも若干色味の強いピンク色に、
甘い香りのする ―
「ロールケーキ?」
「そうそう。 こっちも桜なんだけど、そっちは生クリームに桃のペースト混ぜてみたの。
甘いの大丈夫なら、こっちの方が味わい甲斐があると思うわよ?」
「へぇ…じゃあ、そっち貰う」
「了解ー。包んじゃうから待って?」
綾乃は丁寧にハーフロールの大きさに形を崩さないように切り、
近くの雑貨屋で買った紙のボックスに丁寧に包装してロールケーキを包装していく。
それを見守っていた彩華が、少しそわそわした様子で、
綾乃が包装しなかった、切り残されたロールケーキに視線を送る。
「綾乃様、そちらはそれだけなのですか?」
「大丈ー夫よ、彩華。 こっちも別に用意するから」
彩華と綾乃のやり取りに、久臣はふと表情を和らげて笑う。
まったく、主である自分が苦手な分…いや、それを考慮しても尚、
彩華の甘味好きは筋金入りだと再認識させられたのだ。
丁寧にラッピングされたロールケーキの箱を久臣に手渡しながら、綾乃はふと首を傾げた。
「それにしても、珍しいわよね」
「何が」
「あら、自覚なし?」
「ですね」
「だから何がだよ、二人して」
女性陣二人の言いたい事が、久臣には分からない。
呆れと、ほんの少しの訝しさを織り交ぜた久臣の苦笑に、シフォンケーキを早速一口食べ、
幸せそうでもきちんと影としての役割を忘れていない彩華が補足を入れる。
「久臣様がお菓子を持っていこうとするなんて、ではありませんか?」
「そうそう。小学校も、前の学校の部活ですら持って行かなかったのに」
「…そう言えば」
「それだけ、今の結社をお好きなのでしょう?」
久臣が『結社』と呼ぶのは、そして彩華と綾乃が彼にとっての『結社』と呼ぶのは、
彼が銀誓館に来て初めて所属した、えるとが運営している結社だけだ。
「…否定はしない」
「素直にうんって言えばいいのに」
「そう思っていても、素直に首を縦に振れないのが久臣様ですよ、綾乃様」
「あ、そっか。 ふふふー。えるとも、結社のみんなも好きなのに、好きだって言ってあげないしねー」
「俺は素直にそう言える綾ねえが羨ましいよ」
嫌いじゃない。寧ろ、あの心地いい空間を持つ結社が久臣は好きだ。
でも、素直に好きだと言えないのは、単に男だからと言うのもあるし、
久臣の性格上素直に言えるほど素直な性格じゃない。と自分も自負している。
「ではこう聞きましょう。 久臣様、あの結社の事、気に入っていらっしゃるでしょう?」
素直に好きだと言えない久臣の性格を思ってか、ふと彩華が微笑む。
その言葉に久臣は、どうしても好きだと言わせたいらしい自身の影に今回ばかりは白旗を上げた。
「ああ。気に入ってるよ。 もちろん、あそこに居る皆も」
肩を竦めつつも、満更ではない表情でそう言った久臣を見上げて、
彩華と綾乃は顔を見合わせて満足そうに笑った。
そんな訳でロールケーキ。
久臣はツンデレじゃないですけど、素直じゃないだけです。
なので、捻くれてる訳でも、カッコつけたい訳でもないです。
綾乃と一緒で、思ってる事はほぼ素直に言えるのに、
本当に大事に思っている事に関しては、素直に言えない
…やっぱりお前ら姉弟だな。(笑)
そしてロールケーキの贈り先ことえると少年ですが、
とても久臣に良くしてくれるいい子っす。
VD→WD期間は綾乃と久臣が二人ともお世話になりましたー。
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